3.11からのシグナル・高レベル放射性廃棄物

 

 2011・3・11で覚悟ができました。

「もう無関心ではいられない・電気のごみワークショップ」

 

 「3・11」この日、私達はどうも未知の世界に入り込んでしまったらしい。

近代化と言う文明がもたらしてきたエネルギー戦争は、とうとう地球と言う生態系を,破壊しつくしているニンゲン社会を顕にしてしまった。

 

この時だからこそ私達、NPO法人持続可能な元気ネットは、勇気を持って、「もう無関心ではいられない、電気のごみ」ワークショップを再開いたします。

原子力発電の仕組みは、トイレなきシステムと言われ、「高レベル放射性廃棄物」の処分こそ緊急の課題であるとの認識から「無関心ではいられない!」とワークショップ活動を開催、これまで40回を超えるワークショップで議論を重ねてきました。

 

しかし、3・11、フクシマで、原子力発電の安心・安全の確信と信頼を失いました。それは、「高レベル放射能廃棄物」処分についても同じです。

同時に、原発推進か、脱原発か、反原発かと、原子力発電に対しての政治・経済・社会、マスコミは、ここぞとばかりの問題意識を持ち始めました。

同時に「高レベル放射性廃棄物」の議論と認識は、恐ろしく後ろ向きなフィールドでしか語られていないことに危機感を持ちます。

 

「高レベル放射性廃棄物」の処分・処理と言う、技術革新、研究、産業界の改革、リスク管理、情報公開こそがこれからの原子力発電とこの国を支えるキーワードになるからです。国策、自治体の連携、産業界等これまでのパラダイムをチャラにした「もう無関心ではいられない運動」ととし、依存から脱出する民意・自治を育んでゆきたい。

 

私達草の根の活動は、「考えること」「ものを言うこと」「現場」を「聴くこと」「繋ぐ事」の新たなワークショップの活動を始めたい。
| - | 21:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

前原子力委員松田美夜子さんへの手紙

前原子力委員松田美夜子様

 松田美夜子原子力委員が任期満了(1期3年)で退任された報告は、私にとっては突然の出来事でした。もう「1期続投して欲しかった」が正直な気持ちです。                               原子力発電まして高レベル放射性廃棄物処分など殆ど無関心だった私の意識を叩き起こしておきながらと今、途方にくれています。

 前回のブログで書かせていただいたように、八方塞がりに見える高レベル放射線廃棄物処分場の公募に唯一応募した地方自治体「東洋町の出来事」には、制度の揺らぎ、それぞれの組織体の責任、情報の錯綜そして自治体(町、県)のスタンス等々の課題がぎっしり詰め込まれています。
 当事者といわれているNUMOだけ、東洋町の選挙だけの総括でなく、国の責任として総括を始めることで突破口を見出せるのでは無いかと考えていたからです。

 元自治体職員として、高レベル廃棄物処分場の決定に、国と自治体の責任と連携が少しも見えてきません。手始めに東洋町の総括から、それらの関係性、責任体制を知りたいのです。この第一歩が重要だと考えていました。
 そして、その一歩を踏み出せるのは原子力委員としての「松田美夜子」だと期待していたのです。

 「松田美夜子」には、要職にありながらもプラス思考の市民活動家だった経歴から「現場」「自治体」「生活者」の視点が輝いていました。    
 つぎに、コミュニケーション能力です。貴女は論や理詰めでなく、情と美学を持つコミュニケーションの魔法使いです。「ごみ」を主役にし、「宝」にしてしまう。醗酵能力、インキュベーター能力があります。

 12月17日に新座市で「電気のごみワークショップ」が開催されました。そこで貴女の講演を聴きしながら、この思いと期待をを新たにしていました。
 特に視察報告にある、スウェーデンが年月を重ねながら進めてきたワン・ステップ・ワンのお話はわかり易く「合意醸成」そのものの講演でした。

 私達は、目の前にそびえる高い垂直な壁を一気に登ることなど出来ない。一人ひとり、一歩づつ、時を重ねながら「互いの信頼」を積み上げてゆくことで壁を乗り越えることができる。
 高レベル放射性廃棄物の処分場の決定には、国、自治体、産業界、市民そして環境と多様な階段を納得しながら一つづつ、互いが連帯し昇っていくことが肝要になる。   

 このムーブメントは、自治への歩みの礎でもあると私は確信しています。
愚痴はこのくらいにします。「これからの松田美夜子さんの第一歩」に期待を込めて、これからもご一緒に歩ませていただきたく手紙を認めました。
                      街あくたー  澤田和子
| 「どうしようエネルギーの自律・自治」 | 21:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

東洋町の総括を

 今、急がれることは東洋町の総括ではないかと気づかされました。現在受講している東京大学の「市民講座」で講師をされた木下冨雄氏(財)国際高等研究所フェローが「東洋町の総括の必要」を提言されたからです。
 その席上でNUMOの方からは、NUMO内での総括は既に終わった旨のコメントがあり、応募方法や広報活動を改めているとのことでした。
しかし東洋町の一石は、NUMOだけの問題、課題として終わらせてしまってはならないと考えます。高レベル放射性廃棄物、地層処分は、国策であるエネルギー政策そのもの明日が問われているのではないでしょうか?

 東洋町の総括を、原子力発電全般に及ぶ課題として捉え直し、国政、自治体、市民、学会、業界,そしてNUMOが一体になった総括を行なうことが重要だと考えます。

 自治体に席を置いたは経験から言わせて戴けるならば、現計画、現体制、
現組織では、地層処分の文献調査への応募を一管理職として首長に提言することに躊躇してしまいます。

 田嶋前東洋町長も小さ町で繰り広げられたエネルギー戦争を風化させたくないと考えていられると思います。この出来事をここで国民が国が自治体が企業が同じテーブルに座り「総括」することで自治体、地域目線の解決の糸が紡がれるのではないでしょうか。

合意形成手法(説得、多数決)から・・合意醸成(納得、了解)手法の導入を提案いたします。

 私自身、清掃工場の建設などで所謂NIMBY問題に直面した経験を持っています。「もう無関心ではいられないー電気のごみ」のワークショップでも、高レベル放射性廃棄物に対するNIMBY問題が出てきます。そこからは、「当事者意識」「現場意識「ローカルからの意識」を持ちながらも戸惑いと躊躇、「お金」だけの問題ではない「誇り」「風土」「安堵」への思いを持つ、地域、暮しからの振り絞るような本音が聴こえてきます。

 耳を傾けること、地域の、暮しの声を聴く「公聴」から聴こえてくる声にまづは、気づくこと。そこに専門家、政治家とちがうベクトルでもあろう人間、地域の本音がある。
先ず「東洋町の出来事」の本音を各方面から聴くことが、課題解決の第一歩となり東洋町の総括になるのです。
          
 唯一公募を行いながらも町民の合意を得られなかった「東洋町の総括」にスポットを合わせて「総括」から新しい制度を模索することに繋ぎたいと考えます。
 制度、NOMBY、情報、技術、ミッションなど様々な意見を出し合い「醸成」する。それは手間と時間がかかることかもしれませんが、そこから有機的な繋がりが芽生えてくると確信いたします。

| 「どうしようエネルギーの自律・自治」 | 18:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

自治体力に素直な期待

 10月24日NUMOが主催した「電気の廃棄物」問題を考えるシンポジ
ウム、27日には「地域と共に歩む、地層処分事業〜スエーデンの取り組みから学ぶ」に参加させていただきました。
 両日ともメモが追いつかないほどのキーワードがあふれ出ていました。
知ってもらおう、関心を持ってもらおう、から「いよいよ本番あなたはどうする!」と私自身に刃を突きつけられているような気分でした。
 しかし、あらためてメモを見ながら気がついたことは、論議されている事
と解釈また主催者側との対応の微妙なすれ違いに対する困惑でした。

「他人の言うことに耳を貸そう」「信頼が全てです。」
  聴くことは「納得」への必須条件です。東洋町選挙における東洋町前町 長が受けた暴言や非難行為に対してのキーワードでした。
 しかし、この席からは反対派からの意見を直接には聞くことができません
 でした。「聴いてもらえなかった。」話はお互いのコミュニケーションが
 成立してい無かったことです。
  確かに反対派の発するメッセージに対して受容と共感を見つけ出すこと
 は大変厄介です。橋本知事の言葉を咀嚼することも難しかったかもしれな
 いのですが彼らからのメッセージを「風評被害」にして終わってしまっては ならないと考えます。ここに大切な信頼の種を見逃してしまった原因があ
 るのではないでしょうか。

「価値の転換、展開が必要」
  原子力発電に対する拒否反応に対するコメントだったと記憶しています が私はこの拒否反応を肯定します。原子力が怖いのでなく人間のおぞまし
 さが怖いからです。
  原子力を人間が扱う限り絶対や安全であるはずがありません。まずこの
 ことを肝に銘じながら「原子力発電」「地層問題」の取り組みを醸成して
 行ゆく事が基本に考えることが重要に思います。人間社会が行なっている
 自然界、ウランに対する科学技術、資源開発のおぞましい行為と開発は、
 そのまま人間の生命に対する冒涜になり尊厳を失う行為に繋がってしまう
 ことを危惧します。
 例えば「廃棄物」「処分」「何千万年の安心」の言葉に、自然界を人間が
 支配できると考えている「おごり」の哲学が透けて見えてきます。

 「推進者がもっとも学んでゆく必要がある。」「NUMOのブランド化」
 全く同感に思います。推進者が聴く耳、学ぶ姿勢を持って「この仕事をやっ ていることがステータス」になる。安全の押し付けと説得では安心と納得
 は確保出来ないでしょう。
             
 国、自治体、産業界との連携
  高レベル放射性廃棄物の処分については、新政権のもとで政策方針の
 再考されるであろうことを期待しています。
 それは、鳩山総理が国連で宣言した温室効果ガス 25%削減にとって、 原子力発電の推進は、さけて通れないと考えるのが現実的だし、炭素の取
 引軸としては原子力発電は大きなファクターだと考えます。

 しかし、スウェーデンSKB社長は強調していました。
 地域の理解と協力がなければこの事業の推進はない。
 自治体の自治体力による「エネルギーの自律・自治」にむけた機運を醸成
 していくことが早道であり、正道だと考えます。
 自治体が自らの力を発揮できる機運や機会をつくれる体制、財源の確保が 待たれる。

           文責  街あくたージャーナル 澤田 和子
| 「どうしようエネルギーの自律・自治」 | 16:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

私自身が試されている原子力とエネルギーの哲学

「核兵器廃絶」「温室効果ガス25%削減を目標」国連でのオバマ大統領、鳩山総理大臣の世界に向けた宣言に感動の震えが止まりませんでした。
 加害国と被害国、持つものと持たざるもの、支配と服従の構造の改革を真正面から受けとめ真摯に投げられた「宣言」だと受止めながら「今」を生きる私達一人ひとりが、未来から試される「宣言」だと考えます。

 アメリカも日本も政権交代の最大の課題は「負の遺産」を「チャンス」の財産そして持続可能な社会づくりへの「酵母」としてどの様に醸成していくことが出来るかだと考えます。

 例えば、八ツ場ダムは50年前には主要な国策でした。「お国のため」と涙を呑んできた住民、地域の歴史が「負の遺産」と受止められています。
住民生活は、自律、自治を失い、基盤になっていた自然との関係を剥奪され耐えてきた歴史です。それは、原子力発電、原子力の平和利用も含めて他山の石とは考えられません。

 温室効果ガス25%削減、核兵器廃絶と原子力の平和利用政策は、国策の基幹となる政策になりました。それは「原子力発電」「グリーンエネルギー」が、100年、200年先の未来の持続可能な平和社会を視野に入れた道程の始まりになるでしょう。

 高レベル廃棄物処理事業に特化して考えてさえも避けは通れない道です。
「もう無関心ではいられない!電気のごみ」ワークショップから、見え聴こえてくる生活者、地域、自治体等当事者達が主体的に考え、行動する時代の始まりでもあると考えます。

         街あくたージャーナル主宰    澤田 和子
| 「どうしようエネルギーの自律・自治」 | 16:16 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

09
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--